今年の1月下旬に
発行されたばかりの書籍
「チョコレートを極める 12章」
カカオ豆の洗浄の有無についてや
テンパリングに関しても
かなり丁寧かつ詳細に記載されて
知識を更新することができました
これまでのチョコレートの本には
あまり見られなかった
「カカオニブの栄養成分」も記載されており
脂質が1番多く、次に食物繊維、
タンパク質、糖質が少ないことも
CACAPON・カカポン
モンゴルに「逃がした馬は取り戻せるが、放った言葉は取り戻せない」ということわざがある。それはネットでもリアルでも同じこと。自分の使う言葉は、自分そのものだから。
自分の使う言葉は、自分の内面の一番外側。これはマイナスだけでなくプラスも両方意味があるなと感じました。自分も今まで知らずに傷つけた人がいたかもしれません。あの時どういう言葉が適切だったんだろうか。一番よかったんだろうか。
松下幸之助氏がこんなことをいっている。 「二階にのぼりたいなあでは まだまだだめである。 なんとしても二階にのぼりたい。そんな熱意がはしごを生み出す」
「勝つ。この勝ち方にもいろいろある。喧嘩に勝つ。やせがまんや屁理屈で勝つ。それに勝っても他人は喜ばない。人を苦しめることになる。これでは人の心も天の心も暗くなる。天、人、我、共に喜ぶ。そんな勝ち方は『われに勝つ』ことである。てづくりチョコレートアイスを前に、私は「自分に打ち勝つ!!」
「京」の完成後、井上氏に話を聞いたところ、「僕は未来の記憶を持っている」とのたまい、「京」ですら彼が考えているコンピューターを実現する通過点にすぎず、お金や技術的な制約があるからあの程度なのだというのです。彼には「コンピューターはこうなるのが当たり前」というビジョンが見えているのですが、他の人にはそれがまったく見えていません。この「僕は未来の記憶を持っている」という一文がとても好きです。
素質を高められる環境を探求し、適応し、生存する。そして旅をしながら私たちは、「本当の自分」になっていくのです。「かわいい子には旅をさせよ」といいますが、それは大人も同じ。私たちはみな死ぬまで旅をし続けるのです。それでは
引用:自分で疑問を持ち、考えてみるということは物事の本質を理解する、ということに他ならない。
(略) 旅とはすなわち経験である。出会い、別れ、成功、失敗と、ここに来るまでには様座な経験の旅をしてきた。それは無駄だったのだろうか。いや、違う。本当の世界に出会う旅だ。トルコ人で初の宇宙飛行士候補に選ばれた方が書いた本です。いろいろな分野がどこでどうチョコレートに繋がるか分かりませんからね。
引用:老舗の定義は難しいですが、私はだいたい三代、百年からと考えています。その間に情報が直接伝達できない「歴史」になるからです。
(略)古びて美しくなる。人間もそうありたいものです。「老舗」
引用:もう一つ大切なのは、主人の目の届く範囲で作られていること。職人が何十人いようと、どれだけ多くの客がいようと、一対一の関係を築ける店であってほしい。どの店員が応対しても、主人と話しているのと一緒。そのような店は嬉しいものです。言うなれば、店の”顔”のようなものが描けることが、大切だと思っています。
多店舗化はしないでほしいと願っていますが、それはその店と特別な関係を作る意識が希薄になってしまうからです。客だから何を言っても許されるとか、逆に格式の高い店だから居丈高な態度が許されるなどということは、どちらも無用です。
(略)小さな菓子一つを大切なご馳走として扱うことで、それを食べる自分が大切にされているように思えてくるはずです。やがては、菓子の奥行きを知ろうという思いに変化し、世界も広がるでしょう。それは和菓子に留まらず、日本文化のあらゆるところに辿り着くのです。和菓子に関する本ですが、
引用:真の差別化は、均整の取れた状態から生じるものではない。むしろ、偏りから生まれる。卓越性についても同じことが言える。
動物の群れに共謀はない。一つひとつの個体は勝手に動いているのに、全体として見れば、まとまった行動のように見える。コーディネーターのいない調和。科学者の言う自己組織化である。ミツバチの巣や蟻のコロニー、鳥や獣の群れ、交通の流れ、株式市場。この種の自然発生的な調和を、私は「有機的共謀」と表現したい。
わかりやすい定義がなければ、私たちは混乱する。居心地のよい場所から一歩踏み出すときには、誰しも不安を感じるものだ。しかし、長い目で見れば悪いことではない。とりわけ目的が従順な模倣者の一群を生み出すことではなく、多様な自発的思考を促すことにあるのであれば。何ごとも勉強です。
引用:時間と、思考と、行動の長い流れの果てに、いつかどこかのタイミングで、「あぁ、あのときの選択は、こういう意味があったのか」とわかるときが訪れます。人生に偶然はない。
必ず意味がある。「すべての出来事には必ず意味がある」のです。本日ご紹介する動画はこちらです。
…現役性の証明は、今の歌を、今の音楽をやって歌えてるかどうかってこと」
Q 数字ではないと。
「数字ではない」
Qでも、ツアーの公演数であったり、内容は、現役性のある種の証明になりますよね。
「そうですね。ステージというのは、特にソングライターの場合、自分の作った歌を自分で歌う場所なわけですよね。それをやっていく限り、今の歌なんですよね。「目の前の人に喜んでもらう」 ことが一番大事ということでしょうか。